俺に出来ることは?

焦ってないですよ。


なんかすごい役職の話っぽく聞こえるかもしれないけど、関係ないです。



なんか目の前で苦しい人見てたら助けたくなるのは優しい気持ちから?


よくわからんけど、苦しんでる人になんて声かけたらいいかわからんし、俺が声かけたところで迷惑がられるかもしれない。


でも声かけたり、ゆっくり話すことによって、相手がちょっとでも落ち着くことで、新しくゆっくり話してみようかなという気持ちを抱いてくれたら素晴らしいよね。



すごい溜め込んで溜め込んでつらい想いしてるくらいなら吐き出せばいいんだよっていうことですよ。


しんどいの?

って聞いても我慢して、相手のことを想って『ううん』っていう人が最近では俺のまわりに多い気がする。


いや、その気持ちはホントに素晴らしくて、心優しいものやと思います。

別に否定しとるわけじゃないんです。


でもね。

それじゃあ、『この人ならなんでも話せる』っていう人いますか?


周りみんな優しいが故に辛い想いしてる人多いです。


しんどい時、自分ひとりだけしんどいと思ってる。

そんなことないですよね。

しんどがってる人見るのしんどいよ。

でもまだ自分は何でもないからこそ『心配』っていう形で現れるんだろーなと。


絶対になにか方法はあるんやろなと思う。

元気になれるコツみたいなもの。

ちょっとしたきっかけで元気になったりね。

PEACEのみんなも飛びっきりの笑顔で合わせしてたり、ふざけてるほうが俺が大好き。

でもやる時はやるみたいな時の苦しい顔じゃなくて真剣な顔も好き。

でもしんどい顔は苦手。

嫌やなーじゃなくて、心配になるから。

声かけていいかな?とか、あんな状態で楽器吹いて大丈夫かな?とか。



今思うと俺むちゃくちゃ心配しぃなんですね。

ホント私情ですけど、うちのオカンは俺が小1のときに病気にかかりまして、手足の関節が完全にかたまっています。

これからの寒い時期になると関節の中がさらに血行が悪くなり、激痛が走る時期になります。

小1というと6歳。

だから俺は元気に走ったり、家事してたり、重いもの持ってるオカンをあまり見た記憶がありません。

人生の半分以上がもう病気してんだもんね。

んで、ちょっと手にぶつかっただけでもすっごい痛がるねん。

もう涙出るくらい。

それから1時間くらいは動かしたくないくらい。

それくらいからか、すごい人との接触にびびってた時があって。

逆にぶつかってる人みたらすごい心配したりして。


寒そうにしてる人いたらホンマに大丈夫かなって。



なんかあるやん。

『重いものを持ってあげたらモテル』みたいなん?

あんなん俺からしたらモテルも何も、してあげなアカンもんやと思ってた。

自分の母親が苦しんでるとこ何千回何万回と見た。

重いものを俺に持たせないようにと、頑張ってる姿もいっぱい見た。

晩ご飯の支度せなアカンから、急いで買い物行って重い買い物袋持ってる姿も見た。

中学・高校は寒い季節で朝早く起きて、手が全然動かないのに、毎日おにぎりつくってくれた。

中学くらいから、オトンが皿洗いとかし始めて、申し訳なさでオカンがずっと泣いてるのもずっと見てた。

手術では無理やから、薬で治そうと思って、副作用でまた苦しんでる母も見た。

もうそんなん見てたらさ、苦しんでる人の極みを今まで見てきたんかもしれん。


すっごい大切な人である母親があんなになってて、糞息子は大学生活満喫して自由。

親孝行いつか出来たらいいなと思う。

俺が中3の時にオトンがたてた今の実家は超バリアフリー

部屋と部屋の間に段差なんかないし、ドアノブは全部プッシュ式。

トイレの水も自動で出る。

とにかく、『力を入れてひねる』系は一つもない。

今思えばうちのオトンってオカンの事大好きなんやなって思います。

もしかしたら自分の憧れの夫婦って親なんかもしれませんね。